活動報告
活動記録
国会質疑録
事務所だより

2017年07月31日活動記録

参議院70周年子ども国会開会式


  • 子ども国会議長挨拶


  • 参議院議長挨拶


参議院創設70周年記念行事の締めくくりとして、
子ども国会が開会されました。開会式はもちろん、
参議院本会議議場で行われました。

私は議運理事として、議場のひな壇に着席し、
子ども国会開会式に出席しました。

さらには、子ども国会開会式の後に開会された
子ども委員会の傍聴もし、子ども国会議員に当選
された子ども議員による活発な議論に耳を傾けました。

子ども委員会は、第1委員会から第6委員会まで
別れて開会され、テーマはそれぞれでしたが、傍聴
して興味深かったのは、最初の段階で拍手が出た
子ども委員会は子ども議員が発言する度に拍手が
起こりましたが、そうでなかった子ども委員会は粛々と
議論が続けられたことです。

私たちの委員会でもそうですが、最初の雰囲気は
やっぱり大事ですね。あと、子ども委員会では、
委員部を始めとする若手職員の皆さんの頑張りが
とても光っていました。

2017年07月30日活動記録

参議院70周年記念論文






2017年は、参議院創設70周年です。

私も今年の議運委員会や本会議の急な意見表明や
趣旨説明で、事あるごとにこの旨発言してきましたが、
今年は本院にとって、記念すべき節目の年なのです。

よって、参議院では創設70周年を記念して、様々な
記念行事を行い、そのひとつに記念論文がありました。

中学生、高校生を対象に
「私が国会議員になったら実現したいこと−私たちが望む未来−」
をテーマに論文を募集し、7,074通の応募の中から優秀賞に
選ばれた12名を参議院に招き、表彰式が行われました。

私は、議長や副議長、議運委員長とともに、
議運理事として表彰式後の懇談の場に出席しました。

私は副議長と一緒のテーブルで、ご一緒した受賞者は3名。

論文に込めた思いやエピソードなどを3名それぞれから
お聞きし、楽しく懇談させていただきました。
でも、楽しい時間はあっという間。

同じテーブルで一緒だった3名の受賞者の皆さんと
記念写真を撮って、懇談の場を後にしましたが、今回の
経験が政治を少しでも身近に感じていただけるきっかけに
なればと強く願っていますし、良い思い出になっていること
も願っています。

2017年07月26日活動記録

国会見学






新潟、東北、北海道から国会にお越しいただきました。

新潟の皆さんとは到着直後、私が空港に
向かうまでの間の意見交換のみとなって
しまいましたが、労働基準法等改正案の
動きとその内容、情報通信分野の最近の
動向、私の会社員時代の話など、印象深い
意見交換となりました。

今年の7月末で、会社を退職してはやいもので
11年が経ちます。月並みな表現ですが、本当に
あっという間の11年でした。

2017年07月25日活動記録

都市対抗野球





会社員時代は、応援に行きたくとも仕事の
都合と、そもそも当たらなかったその応援。

都市対抗野球。

会社員時代は勤務地も関西でしたし、東京ドーム
に行く機会に一度も恵まれませんでしたが、4年前の
選挙時にドーム前で応援に来られた東日本応援の
皆さんに温かい応援の声かけをいただいて以来、
本戦出場の際は、足を運ぶようにしています。

今年は、NTT東西ともに本戦出場で、できる限り
応援に駆け付けました。NTT西日本は、残念ながら
初戦敗退でしたが、NTT東日本は、電電東京以来、
36年ぶり(!)の優勝でした。

NTT民営化前のことであり、いかに長い間、
優勝から遠ざかっていたかが分かります。

厳しい環境であったとしても、一丸となって、
みんなでチームを応援するのはいいもんですね。
優勝の瞬間をチーム席で味わうことができたのは、
本当に嬉しいことでした。

皆さんに声をかけていただけたことも嬉しい
ことでしたし、帰りは遅くなりましたが、水道橋から
乗った総武線もオレンジ一色だったような気がします。

2017年07月19日活動記録

国会見学






千葉からは親子の皆さん、東北からは
先輩の皆さんが国会見学に来てくださいました。

親子の皆さんとは意見交換の場で、本質を
捉えた質問をいただいたり、場の和む質問を
いただいたりと楽しい時間を過ごせました。

東北の先輩の皆さんには、3期目に向けた
決意と思いなどをお話させていただきました。
謙虚な姿勢を忘れることなく頑張ります!

2017年07月14日活動記録

国会見学






今回は、会社の先輩2組の見学受け入れでした。

毎年、定期的にお越しいただいている先輩も
いらっしゃり、今日も励ましの声をかけて頂いたり、
のど飴やお手製の粘土のバラの花を頂戴したり、
短い時間でしたが、とても嬉しいひと時となりました。

のど飴で思い出されるのは、6月上旬、九州で朝
目覚めたら声が出ず、無理して1時間講演した後、
上京してかかりつけの病院に駆け込んだところ、
急性声帯炎と診断されてしまいました。

声を出さないことが最大の治療と言われましたが、
6月14日の本会議では、思うように声が出ないにも
関わらず、急きょ登壇することになりましたし、夜通しの
議運理事会でも声を出さないわけにはいきませんでした。

ただ、いざとなると、どうにかなるもんですね。
無理を重ねる結果となりましたが、多くの皆さまに
お支えいただいて、どうにかこうにか乗り切れました。

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