吉川さおり 参議院議員(全国比例)

コラム

国葬儀における法解釈と検証のあり方-その1

2022年10月22日

2022(令和4)年9月8日、参議院議院運営委員会で私は国葬儀に関する件で質疑に立ちました。

私は質疑の中で「行政権の判断で行い得るという解釈は、確かに法解釈論的にあり得るのかもしれません。ただ、私が今伺っているのは、手続、プロセス、国民の納得性の問題です。」とし、一貫して手続やプロセス、国民の共感や納得に力点を置いて質疑を行いました(法解釈論的にあり得るというのはその2にて紹介します)。

ただ、質疑においては今回の国葬儀に法的根拠がないこと、閣議決定だけで決めてしまったことを指摘したうえで、これが混乱を招いた原因のひとつでもあり、今後の国葬儀に関する法律上の位置付けを考える必要性についても総理に質しています。

すべての行政活動に個別の法律の根拠があるわけではありません。つまり、法律の根拠が「なければならない」と法律の根拠が「ある方が望ましい」は別です。

結果として国論を二分した国葬儀の実施に際し、確固たる民主的正統性を与えるため「あらかじめ法律で根拠が定められることが望ましい」と先人が見解を示しながら実際に策定されてこなかったのは、あえてそうしなかったからではないでしょうか。

国葬令の時代も、国葬令自体に基準は書き込まれておらず、どれだけ基準を列挙しても抽象的な表現にならざるを得ないでしょうし、「その他政令で定める~」という条文も設けざるを得ないことでしょう。すべての基準を列挙することは不可能だからです。

ある程度大枠的な基準を示し、これに合致していることを内閣が国会で説明し、各会派が意見を述べ、最終的に内閣が判断する、という民主的プロセスをより丁寧に踏むというところが穏当な着地点だったはずであるのに、今回それがなされないまま決めてしまったのが分断を生んでしまった原因のひとつではないでしょうか。

9月8日の議院運営委員会で、私は以下のように指摘しました。

「今回の国葬儀に関しましては、事前に国民の代表機関たる国会の意思を聴取せず、国会の議決を経たわけでもありません。このような事態は、主権在民の現行憲法下における中心的機関たる国会が国葬儀に参画していないことを示しています。形式的には国葬儀であるものの、実質的には国葬儀であるのか甚だ疑問です。」

国会の意見を聴取したうえで、最終的に内閣が実施を決定するのが筋だったのではないかと強く思っています。

その2に続きます)