心のバリアフリー
2022年4月8日、参議院本会議。
参議院議場に設置されたスロープを使って車いすで登壇し、本会議質疑を行った初めての議員は我が会派の横沢高徳議員となった。
2020年10月に私が三度の議運理事になる前、参院のバリアフリー化については議論が交わされ、着実にその取り組みは進んでいたが、議運理事に戻って以降、これらの進捗状況の報告を受け、また一部頓挫しかけた事案等の対処にもあたる中で、参院事務局の多くの皆様にご尽力いただいたことをまず感謝したい。
女性も障害者も当事者がそこにいることで届く声やその景色を変えられることはきっとあると思う。
議場に設置されたスロープを使って車いすで登壇する横沢議員と議場の雰囲気を感じながら、ふと学生時代のことを思い出した。
それは、京都政経塾での経験だ。
学部時代の日本育英会・第一種奨学金と早朝週6日の荷物の仕分け・積み込みのアルバイトのことは何度も紹介したが、京都政経塾のことはほとんど書いたことがなかったように思う。
初めて一人暮らしを始めた学部時代、私は住まいにテレビを置かなかった。情報源は、専ら新聞とラジオだったのだが、ある日の新聞広告に釘付けとなった。
「地域から日本を変える」京都政経塾塾生(6期生)募集。
当初は松下政経塾の支部として設立されたものの、6期生修了と同時に閉塾したが、入塾試験を受け、縁あって1年学んだ。
松下政経塾とは異なり、相当額の塾費を払い研修を受ける形だったため、学部時代の自身の状況を考えると大きな負担だったが、各界で活躍されている方を講師に迎え、塾生のほとんどが社会人という中で数多くの刺激を受けたことは相違なく、財産のひとつである。
その京都政経塾1期生の先輩が、昨年逝去した。
といっても、話をうかがったり、塾で何度もお会いしたりしていたのは20年以上前のことであり、訃報を知ったのはインターネット上でのことだった。
医学博士でもありながら腰は低く、いつも笑顔を絶やさない、本当に優しい方だった。学生の私にも気さくに声をかけてくれ、言葉も交わしてくれたことを覚えているが、記事を見て、いろんな思いが溢れた。
その先輩とは、藤井さん。隆起型海綿状血管腫で顔に大きな紫色のコブがあり、幼少期にいじめられた経験を全国の学校で語ってきたことや藤井さんが笑顔を絶やさなかった意味は何だったのか、丹念に書かれた記事だった。
塾生当時、藤井さんから一度だけ講義を受けたことがあるが、テーマは「福祉入浴」。
藤井さんが外見差別のことについて語り始めたのは、2000年代に入ってからであり、私が京都政経塾でお世話になったのが1997~1998年だったため、その経験を直接うかがうことはなかった。
幼少期に受けた壮絶ないじめ、就職にあたって容貌を理由とする就職差別、これらの経験を全国各地の学校で語っていたこと、そして藤井さんが笑顔を絶やさなかった理由。
藤井さんの笑顔の奥にはさまざまな思いがあったことを今さらながら知り、当時のことを思い出す。
私たちひとり一人にできることは何だろうか。いつ何時、何があるか、何が起こるか分からない世の中だ。それぞれが当事者意識を持ち、その立場に立ち、その思いを考えること。より良い方策を導き出すこと。
あらゆる差別のない社会を目指して活動していきたいと思う。
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